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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8900号 判決 1965年10月18日

原告 全東栄信用組合

右代表者代表理事 岡崎亮一

右訴訟代理人弁護士 砂子政雄

同 松田孝

被告 小島昭久

右訴訟代理人弁護士 小坂重吉

被告 幸島良男

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

主文

被告幸島良男は原告に対し金百三拾四万四千円及び内金四拾九万六千円については昭和三九年八月二五日から、内金三拾九万八千円については昭和三九年九月一日から、内金四拾五万円については昭和三九年九月二二日から、各支払ずみまで百円につき一日金七銭の割合による金員を支払え。

原告の被告小島昭久に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告小島昭久との間に生じたものは、原告の負担とし、原告と被告幸島良男との間に生じたものは同被告の負担とする。

この判決の第一項は原告が金四拾万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し各自金一三四万四千円及び内金四九万六千円については昭和三九年八月二五日から、内金三九万八千円については昭和三九年九月一日から、内金四五万円については昭和三九年九月二二日から各支払ずみまで、百円につき一日七銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三六年一一月三〇日訴外有限会社玉名工業との間に手形割引、手形貸付、証書貸付などの方法により、随時原告が右会社に金融する旨の手形割引契約並びに継続的貸付契約を締結し同時に被告等との間に、被告等は、この契約に基き右会社が将来原告に対し負担する一切の債務について連帯保証をする旨約した。

二、そこで原告は、右会社に対し、その裏書により、左記約束手形三通について(一)を昭和三九年三月二五日、(二)を同年同月二六日、(三)を同年四月三〇日にそれぞれ手形割引をするとともに、右各手形金額についてそれぞれの満期を弁済期として原告より右会社に貸付ける旨の消費貸借契約をした。

(一)  金額四九万六千円満期昭和三九年八月二四日、支払地東京都品川区、支払場所株式会社平和相互銀行小山支店、受取人有限会社玉名工業、振出日昭和三九年三月一五日、振出地東京都世田谷区、振出人日東工業株式会社。

(二)  金額三九万八千円、満期昭和三九年八月三一日、振出日昭和三九年三月一六日、その余の記載事項は(一)に同じ。

(三)  金額四五万円、満期昭和三九年九月二一日、振出日昭和三九年四月一八日、その余の記載事項は(一)に同じ。

三、原告は、この約束手形三通を、各満期日に支払のため、支払場所に呈示したが拒絶された。

四、原告と有限会社玉名工業との間の前記一、の契約の際、同会社は将来原告に対して負担する債務について、百円につき一日金七銭の割合による遅延損害金を支払うべき旨の約定がなされた。

五、よって、原告は被告等に対し、有限会社玉名工業の原告に対する前記二、の貸金債務もしくは約束手形の裏書人としての債務についての連帯保証人として、右合計金一三四万四千円及びその内(一)の金四九万六千円については満期の翌日である昭和三九年八月二五日から(二)の金三九万八千円については同じく同年九月一日から(三)の金四五万円については同じく同年九月二二日から各支払ずみまで日歩七銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、仮りに被告小島が、自ら原告との間に前記一の保証契約を結ばなかったとしても、

(一)  同被告はその頃訴外柿添昭徳に対しこの契約をするについての代理権を与え、同訴外人において同被告のためにすることを示して、原告と右契約を結んだのであるから、同被告はこの契約につき本人として責に任ずべきである。

(二)  仮りに右契約につき同訴外人に代理権が与えられていなかったとしても、同被告は次の理由により保証の責に任ずべきである。

被告小島はこれよりさき有限会社玉名工業の代表取締役に就任したが、会社経営のすべての権限を訴外柿添昭徳にまかせていた。そのため同被告は同会社の代表取締役の印鑑のみでなく、その個人の印鑑も印鑑届を済ませた上で同訴外人に預け、同訴外人において代表取締役としての一切の業務執行を行っていた。原告との取引においても、同訴外人は頭初から被告小島の氏名を使い、あたかも同被告本人であるように振舞っていたので原告組合の役員も同訴外人を被告小島昭久本人と信じて疑わなかったのである。本件の前記一、の契約締結の際も、同訴外人は原告の役員に対し小島昭久と称し、同人の名刺や有限会社玉名工業代表取締役としての前記印鑑及びその個人としての印鑑の各印鑑証明を提示し、これらの各印鑑を使用して契約を結んだのである。

かかる事情の下において原告が訴外柿添昭徳を被告本人と信じて本件契約をしたについては正当の事由があったものというべきであるから、被告は民法第一一〇条の類推解釈によりその責を負うべきである。

七、被告幸島は、訴外柿添昭徳の求めにより、同人が持参した前記一、の契約の各条項を記載した書面(甲第一号証)に連帯保証人として署名捺印し、これを柿添に交付することによって本件保証の意思表示をしたのであるが、仮りにその際同書面には未だ主債務者たる玉名工業の記名がなく、同被告が柿添に対し訴外日東工業株式会社の債務について保証する旨、したがって右書面の主債務者の記載は同会社とのみ補充すべく指示したとしても、かかる事情は原告は全く知らず、柿添は、連帯保証人として被告幸島の署名捺印ある契約書(甲第一号証)及び同被告の印鑑証明書を持参したので、原告は同被告が訴外有限会社玉名工業の債務について保証契約をしたものと信じたのである。したがって被告幸島もやはり民法第一一〇条の類推によりこれについて責に任ずべきである。

と陳述した。

被告等の訴訟代理人は、いずれも、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め請求原因一、の事実中、訴外有限会社玉名工業が原告とその主張の契約を結んだ事実は知らない、被告等が原告とその主張の連帯保証契約を結んだ事実は否認する。

請求原因二、三、四の事実はいずれも知らない。

と述べ、

被告小島の訴訟代理人は、

一、被告小島が柿添昭徳に原告主張のような代理権を与えた事実は否認する。

二、被告小島は昭和三六年六月友人である柿添昭徳の依頼によって同人の父徳次の経営する日東工業株式会社の下請会社である有限会社玉名工業の代表取締役に就任したが、それは名のみで、実際は柿添昭徳が同会社の実権をにぎりその経営の一切を行っていた。そして同被告は同人名義の同会社代表者印及び被告の実印を柿添に預けていたが、被告個人としての行為については柿添に何等の権限も与えてはいなかった。被告の右実印は会社設立の際の発起人として名義を貸したについて、被告個人としての印鑑証明書が必要であるからというので、柿添に預けたにすぎないのであって、その際同人に対し、被告個人としてのその他の行為について使用することは固く禁じておいたのである。本件の保証契約については、柿添が右の実印を勝手に使用してしたもので、被告はこのことについて同人から何も知らされていなかったのである。したがって被告はこれについて責を負うべきいわれはない。原告は、被告が有限会社玉名工業代表者としての行為につき柿添に代理権を与えていた点をとらえて、本件の保証についても表見代理が成立するというが、法人の機関としての行為と個人としての行為は明白に区別さるべきであるから、個人としての行為について、法人の代表者の代理人としての権限踰越を云々するのは当らないし、原告の主張によれば、原告は柿添を被告と誤信していたというのであるから、代理権ありと信じたのでもない。したがって民法第一一〇条適用の余地はない。

と述べ、

被告幸島の訴訟代理人は、

一、被告幸島が柿添昭徳に原告主張のような代理権を与えた事実は否認する。

二、被告幸島が原告主張の書面(甲第一号証)に連帯保証人として署名捺印してこれを柿添昭徳に交付した事実は認めるが、その際同書面には借主すなわち主債務者たる有限会社玉名工業の記名捺印はなく、貸主の記入もなされていなかったのである。同被告は訴外日東工業株式会社及びその代表取締役である柿添徳次ならびにその子で同会社の経理部長をしていた柿添昭徳を以前から知っており、柿添昭徳から同会社が金融機関から手形割引を受けるについて保証をしてほしいとの申入を受け、前記書面に署名を求められたので、同人に対し、保証の形式は手形に裏書をする方法によること、主債務者は日東工業株式会社たることを限定した上でこれに署名捺印したものである。しかるに柿添はこの書面に勝手に主債務者として有限会社玉名工業の名を記入したものであるが、同被告は玉名工業などという会社は全く知らなかったから、このような会社の債務について保証などをする筈がないし、保証の形式も被告が指定した方法によるものではないから、被告は本件について責を負うべきいわれはない。

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫及び甲第一、九、一一号証中の被告小島昭久名下の印影がいずれも同人の印を押して顕わされたことについて原告と同被告との間に争のない事実ならびに甲第二、三、四の各一の存在する事実を綜合すると、訴外有限会社玉名工業は昭和三六年六月頃設立されたが、その代表取締役の小島昭久は設立の当初から代表取締役としての権限をすべて訴外柿添昭徳に一任し、同人をしてその業務執行を代行せしめていたこと、同訴外人は同会社の代表者の権限を代行して、原告との間に、原告主張の請求原因一及び四の手形割引並びに継続的貸付契約を結び、また請求原因二の手形割引ならびに貸付契約を結んだ事実及び請求原因三の事実がいずれも認められる。

(被告小島の保証について)

原告は、有限会社玉名工業が右契約によって原告に対し負担する債務について、被告小島は、原告主張の保証契約を自ら結び、仮りに自身でしなかったとしても、その代理権を訴外柿添昭徳に与えた、と主張するが、かかる各事実を認むべき証拠はない。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告小島は友人の柿添昭徳の依頼で前記のように名義上有限会社玉名工業の代表取締役に就任し、その際に会社設立の手続上必要であるといわれて、同人に同被告個人としての実印を預けておいたが、その際同被告は柿添に対して、この実印をその他の被告個人としての行為については使用しないよう固く断っておいたのに、柿添は同被告の意に反してこの実印を使用し原告主張の契約書(甲一号証)に、同被告が個人として玉名工業の前記債務につき連帯保証をする旨の署名捺印をして原告に交付した事実が認められる。原告は、柿添昭徳は本件取引のはじめから、原告の役員に対して玉名工業の代表取締役小島昭久と称し、同人の名刺を示し、またその実印や印鑑証明を所持していたので、柿添昭徳を被告小島本人と信じていたというが、この点に関する証人宗高登喜男の証言は証人柿添昭徳の証言に照し、信用できない。他に原告組合において本件契約担当の役員がかかる誤信をしていた事実を証するに足る資料はない。のみならず、金融機関が融資をする場合に、その相手方である会社の代表者を、単に名刺や印鑑を示されただけで、他になんらの調査をせずに、その者と思い誤ってこの会社と取引をし、また同会社の債務につきその代表者個人としての保証を求めたとすれば、それはまことに迂闊な話であって、過失の責を免れることは到底できない。また証人宗高登喜男は、原告組合世田谷支店において有限会社玉名工業と本件契約の衝に当ったのは自分であるが、小島昭久と称する柿添昭徳と面接している際に受けた印象による同人の人柄を信用して本件の保証契約を結んだのである、という。仮りにそうであって、被告個人の人柄や財産の有無は問題にしなかったとすれば、本件の保証契約は、小島昭久と自称する柿添昭徳との間に成立したものであって、被告小島との間に成立したものではない、といわなければならない。

以上いずれにしても、原告の被告小島に対する請求は理由がない。

(被告幸島の保証について)

被告幸島が柿添昭徳の求めにより、原告主張の、原告と有限会社玉名工業との間の前記手形割引並びに継続的貸付契約書(甲第一号証)に連帯保証人として署名捺印して柿添に交付することによって保証の意思表示をしたものであることは当事者間に争がない。そして証人柿添昭徳の証言及び被告幸島本人尋問の結果によると、その際には同書面の主債務者の欄は空白であったこと、柿添は被告幸島に対し特に何人の債務についての保証であるとは断わらなかったが、被告はそれまでに、柿添から、訴外日東工業株式会社が金融を受けるについて度々保証を求められて同会社の債務について保証をしていた関係で、右の保証も当然同会社の債務についての保証であると信じ、その趣旨で前記の署名捺印をしたものであること、同被告はその当時有限会社玉名工業の存在については全く知らなかったこと、しかるに柿添は、その際被告幸島が右の署名捺印をしたのは日東工業株式会社の債務についてのものであり、したがって幸島の意思によれば、主債務者の欄は日東工業株式会社の名を記入すべきであることを知悉していたのに、同書面に借主すなわち主債務者として有限会社玉名工業の記名をして原告に交付したこと、がいずれも認められる。このように被告幸島は、本件保証について、柿添に対し主債務者の記名のない契約書に、これを記入するだけの権限を与えたにすぎないから、同人に保証契約締結の代理権を与えたとは云えないが、同人に使者としての権限を与えたと見ることができる。そして柿添はその与えられた権限外の有限会社玉名工業の氏名を記入したもので、あたかも民法一一〇条にいう、代理人が権限外の行為をなした場合に類似しており、前記認定の事情の下においては、原告が柿添に右の権限があると信ずるについて正当の事由があったものというべきであるから、同法条の類推により被告幸島は右の保証の責に任ずべきである。

なお、被告幸島は、柿添に対し、右の保証は手形に裏書をする方法によるべく指定した、と主張するが、この事実を認めるに足る証拠はない。

よって、原告の本訴請求は、被告小島については失当であるからこれを棄却し、被告幸島については正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条を、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松永信和)

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